痛みとは、イヤなものです。
できれば、ない方がいいと思いますよね。

でも、痛みをまったく感じなくなったとしたら、どうなるでしょうか。

生きている限り、いくら気をつけていても、転んで膝を擦りむいたり、包丁で指先を傷つけたりしてしまうことはありますよね。

誰かに足を踏まれたり、重いものを持ってギックリ腰になってしまったり、ときには、風邪をひいて喉や頭が痛くなることもあるでしょう。

考えてみれば、そんな痛みがあるからこそ、私たちは、ケガをしたとか体調不良に気づくことができるのです。

もし、痛みがなければ、ケガをしたことにも気づかなくて化膿したり、風邪をひいたこともわからないので、こじらせてもっと大きな病気になってしまったりするかも知れません。

痛みとは、本来、私たちに何かを気づくためのメッセージを送るためにあるのでしょう。

そして、痛みからは、いろいろなことを知ることもできるようですよ。

不注意でケガをしてしまったのなら、もう少し気を引き締めようと思ったりしますし、風邪で体調を崩したのなら、最近疲れてすぎていないか、充分休養ができているかなどを振り返ってみることもできます。

また、何度も同じところにケガをするとしたら、どうしてそうなるのかを考えてみたりもできるでしょう。
 
...たとえば、身体の使い方が少し偏っているのかも知れませんし、いつも通る場所に、原因があるという可能性もありますね。

イヤだイヤだと思わずに、痛みに向き合って感じてみると、私たち陥りがちなところや、改善すべきこと、もっと良くなっていくために必要なことに、気づくことだってできるのですよね。


悩みや逆境とは、イヤなものです。
できれば、ない方がいいと思いますよね。

でも、何も問題を感じることがなくなったとしたら、どうでしょうか。

...この後は、もう繰り返さなくてもおわかりでしょう。

人生においての痛み、つまり問題や失敗などで悩んだり、逆境に陥ったりすることも、私たちに何かを気づかせてくれるためのメッセージなのです。

逃げずに向き合ってみれば、いろいろなことを知ることができるのですね。

もちろん、身体も人生も、痛みの原因がまったくなくなることが理想で、私たちは、そこを目標として成長していくのでしょう。だけど、肉体を持つ私たちには、どうしても痛みはつきものですね。

...それは生きているということの証明だし、だからこそ大きくなっていくスペースもあるのですね。

心や魂だって、どうしても痛みを感じてしまいます。
 
...それも受け容れてみましょう。
今は、その気づきが必要だからこそ目の前に現れたのでしょう。


だから、今日も、さらに一歩前に進むことができるのですよね。