『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』で有名な、ロバート・フルガム氏の別の著書に載っていた話です。

昔、フルガム氏の同僚に、毎日毎日、お弁当の中身がまったく同じだということに腹を立てている人がいました。

そこで、氏は、こう尋ねてみたそうです。
「ところで、そのお弁当は、いったい誰がつくるんだい?」

すると同僚は、答えます。

 「僕だよ」

...なるほど。

 毎日がつまらない。
 いつもツイていない。
 望むように生きることができない。

そんなことを思っている方もいらっしゃるでしょう。
でも、そんな現実をつくりだしているのは誰かということを考えてみてもいいでしょうね。

そして、その誰かだけが、今の人生を、もっと良く変えていくことができるのですよね。

使っていたボークペンが、急にインクが出なくなってしまいました。
インクの残量を調べてみると、まだ少し残っているようです。

 「捨てるのももったいない」
 「また使えるようになるかも知れない」

などと思って、ペン立てに戻しておきます。

しばらくして、メモを取ろうとボールペンを使いますが、インクが出ません。
急いでいたので、ちょっとイライラします。

でも、結局は、そのボールペンを捨てずに、ペン立てに戻します。
そして、また次にボールペンを使うときにも、やっぱりイライラすることになるのです。

...そんなことを、何度も繰り返している人がいます。

インクの出ないボールペンなら、何度も使おうとしてイライラするよりも、さっさと捨ててしまえばいいのに。

必要のない思い出や、昔の失敗なら、何度も自分を責めたりせずに、さっさと捨ててしまえばいいのに...


昭和初期に活躍した政治家、高橋是清の家訓のひとつに、

 「壁をけとばして棚のぼたもちを落とせ」

というものがあります。

普通は、「棚からぼたもち」で、待っていれば思いもかけない幸運を掴めることもある...、となるのですが、本当に人生を楽しむためには、そんな悠長なことは言っていられないということのようです。

自分から、棚を探して、落ちてくるのを待っているのではなくて、けとばして手に入れるくらいの気持ちがなければダメだというのでしょう。

...そう、今まで、待っていたけれど、なかなか望むような生き方ができなくて、ずいぶん辛い思いをしてきましたね。

今日、たったひとつでいいから、何かを変えてみてはいかがでしょうか。
たとえば、『今を思い切り楽しんでみる!』

それだけで、きっと大きな違いが生まれてくるはずですよ。

だって、幼かった頃を思い出してみてください。

生きるとは、あなたにとって、もともと本当に刺激的で、最高にすばらしいものだったのですよね。