クツのなかに小石が入っていると、とても履き心地が悪いですね。
小さすぎたり大きすぎたりするクツを履いているのも、歩きにくいものです。
その状態を何とかしたいのなら、クツを脱いで小石を取り除くか、自分の足に合うクツに履き替えるしかありません。
間違っても、小石入りのクツを履いたまま、この履き心地の悪さを改善してくれるところはないか、誰か直してくれる人はいないかと、探して歩き回る人はいませんよね。
あるいは、クツのサイズに合うように、自分の足を小さくしたり大きくしたりしようとがんばる人だって、いないでしょう。
仕事や人間関係でのトラブル。
改善したいと思っている悪習。
いつも抱え込んでいるストレス源。
そんな、邪魔な小石が入っていたり、自分には合わないクツは、無理をしないで、さっさと脱いでいらないものを捨て去るか、新しいクツに履き替えましょう。
それが、一番手っ取り早くて、確実に楽になる方法なのですから。
手が入るくらいの大きな箱に、ひよこが何匹か入っています。
穴から手を入れて、ひよこを捕まえたいと思っています。
そんなとき、「絶対に掴んでやるぞ!」と意気込んで、やたらに手を振り回したりしたら、ひよこは、どんどん逃げていくだけです。
じっと待ち構えて、近づいたら捕まえてやろうと狙っていても、そんな気配を察知して、やっぱりひよこは近づいてこないでしょう。
もちろん、手を入れずにただ見守っていれば、ひよこは、近くに来て自由に遊ぶでしょうが、それではいつまでたっても捕まえることはできませんね。
そんなときには、「ひよこを捕まえよう」という気持ちを捨てて、「ひよこが大好きだ」と思ってみることです。
そんなふうに、あたたかい気持ちで心をひらいて待っていると、きっといつかは、ひよこが手のなかに入ってくるでしょう。
『夢』や『幸福』、『愛』、も同じです。
一生懸命に追いかけても、なかなか手に入りませんが、ただ、信じて心をひらいて待っていれば、いつかは必ずやってくるものです。
そして、それが本当のはじまりなのですよ。
これからひよこに愛情を注いで、立派なニワトリに育てていく楽しみが待っているのですから。
大きな湖に、波風ひとつもなく、水面を揺らす魚もいないとしたら、ずっと穏やかでガラスのような湖面でいるでしょう。
それは、本来の湖の状態なのでしょうが、いつまでもそのままだと、いつかそれが湖であるということさえわからなくなってしまうかも知れません。
ときに風が波を立て、木の実が落ちたり魚がはねて湖面を揺らす。
だからこそ、それは湖だし、この世界に存在しているんだということに気づいたりするのです。
・・・と、そんなふうに思ってください。
何の問題も葛藤もなく、ただ平安であるがままに生きている。
それが、本来の私たちなのです。
風がさざ波をたてたり、何かが落ちてきて湖面を揺らすのは、私たちに気づきと成長のきっかけを与えるためなのです。
そのままでは知ることができなかった、自分を傷つけている行動に注意を向けたり、新しいステージに進むときがきたことを教えてくれていたりしているのでしょう。
どんなことが起こっても、すべては、私たちがもっと本来の自分でいられるように、好きなことは好き、嫌いなものは嫌いと胸を張って言えるようになるためにあったのです。
...ね、ちょっと心をゆるめてみるだけで、少し意識を変えてみるだけで、今、この瞬間に生きているということが、どれほど楽しくて、すばらしくて、ありがたいものかが見えてきますよね。