穴に落ちてしまいました。

どんなふうにして落ちたのかは、よく覚えていません。
突然、足元が崩れたようにも思えます。

気がつくと、ほの暗く、冷たい穴の底にいたのです。

身体のあちこちが痛みます。
落ちたときに、どこかを怪我してしまったのかも知れません。

今は、ただ、穴の底に横たわっているのです。
 
しばらく、自分がどうして穴に落ちたのか、何があったのか、どんな原因で落ちることになったのかを、思いだそうとしてみました。
 
でも、気づきました。
いくらそんなことに思いを巡らせていても、何の意味もない。
今は、どうすれば、この穴から出ることができるのかを、見つけることが肝心だ。

ずいぶん、時間を無駄にしてしまったような気がします。

横になったままで見上げると、穴の出口はとても遠くにあるように見えます。
とても、あそこまで登っていくことなど、できそうもありません。

穴に落ちたときに負った怪我が、大きいとしたら、大声を出してで助けを求めた方がいいのでしょうか。

それとも、しばらくじっと休んで、体力が回復するのを待って、少しでも穴から、脱出する努力をするべきでしょうか。

横たわった状態では、壁の様子がよく見えず、登っていけるかどうかはわかりません。
 
そうしているうちに、ふと、底に近いところに、横穴があるのが見えました。
あそこなら、何とか這いながら入っていけそうです。

でも、横穴のなかは、尖った岩がたくさん突き出ているようです。
それに、もっと深いところへ通じていそうで、さらに悪い状況に落ち込んでしまいそうにも思えます。

でも、穴から出るためには、その横穴に入るしかないような気がします。
 
そこに入ると取り返しがきかないとわかっていながら、この状況から逃れるために、思わず引き込まれていきそうになるのです。

...どうしようか迷っているうちに、少し痛みが和らいできたので、少しずつ身体を起こしてみようとしました。
とても辛かったのですが、どうにか座る姿勢を取ることができました。

すると、今まで見えなかったことも、僅かずつ、見えはじめてきたのです。
 
穴は、思ったよりも高くないこと、そして、壁の少し上方には、手がかり足がかりになりそうな岩が、連なっていることなどです。
 
がんばれば、何とか登っていけそうだ!

少し、希望が湧いてきました。

もちろん、身体が言うことを聞かないので、思うように起きあがることは、なかなかできません。
途中で、辛くなって、何度も、もうあきらめてしまおうという気持ちが湧いてきます。

それでも、ただ、この苦しい穴から出るために、ゆっくりと自分のできるペースで、立ち上がろうとし続けました。

時間はかかりましたが、ついに立つことができたのです。

あとは、岩に足をかけて、壁をよじ登って行くだけです。
まだ、先はありますが、ここまで来れば、もう大丈夫でしょう。

それに、穴の外からは、かすかに人の声も聞こえてきます。
気づかなかったけれど、意外に近くに誰かがいるようで、いざとなったら、叫んで助けを呼ぶこともできそうです。

穴から出たら、今後、同じ過ちを繰り返さないために、どうして穴に落ちたのかを振り返ってみたいと思っています。
そして、この経験から、自分が学んだことを、もう一度、噛みしめて、もう一回り大きくなりたいものだと考えています。


悩んだり、傷ついたり、落ち込んだりするのは、穴に落ちたようなものなのかも知れません。
 
立ち直って、さらに大きくなるというのは、こんなことではないでしょうか。

生きているんだもの、ときには、穴に落ちることもあるでしょう。
だけど、外へ出るための道は、必ずあるのですよね。