子どもの頃、天体望遠鏡を買ってもらって、はじめて見た星は、もちろん月でした。
					
					夜空に瞬く星のなかで、なんといっても、ひときわ明るく大きいので、望遠鏡の焦点を合わせやすかったのです。
					
					その夜の月は、満月に少し足りないかたち。
					まずファインダーを使って、だいたいの方向を合わせます。
					そして、うまくレンズに収まるように、方向を微調整したり焦点を絞ったりします。
					 
					何しろはじめてのことなので、なかなかうまくいきません。
					やっとの思いでレンズに映し出された月の表面を見ることができたときに
					は、感激と感動で、しばし時のたつのも忘れてしまいました。
					
					妹にも見せてあげようと思いついて、家のなかに呼びにいきます。
					
					自慢げにレンズを覗かせてみると、妹は、こんなことを言います。
					「なんだ、半分しか見えてないじゃない」
					
					おかしいと思って見てみると、確かに、さっきまでは、ちゃんとレンズ一杯に入っていた月が、少しはみ出しています。
					
					そうです、地球の自転によって、時間がたつと微妙に星の位置は変わるものなのですよね。
					 
					あわてて方向を修正しようと、レンズに眼を当てたまま、望遠鏡の本体を動かしてみます。
					ところが、これが全然うまくいきません。
					
					レンズではあんなに大きく見えている月なのに、ほんのちょっぴり望遠鏡を動かすだけで、もうどこかへ行って見えなくなってしまいます。
					そうなると、戻そうとしてももうダメです。
					いくらレンズを動かしても、見つかりません。
					
					一瞬、月が消えてしまったのかと、レンズから眼を離してみると、ちゃんと夜空に輝いています。
					結局、もう一度ファインダーからはじめて、月を見えるようにしたときには、妹は退屈して、どこかへ行ってしまった後でした。
					
					
					「どうして私だけが、こんなにつらい思いをしなければならないんだ」
					 
					悩みを抱えてしまうと、私たちは、どうしてもそんなことを考えてしまいます。
					悩みの原因は、人それぞれなのですが、ひとつのことに心がひっかかると、そればかりしか考えられなくなってしまうようです。
					
					この問題さえなければ...
					あの人さえいなければ...
					
					そして、「いつも自分だけが」と自分を嘆くことになってしまうのです。
					
					ひょっとしたら、そんなとき私たちは、ひとつの方向へ向けた望遠鏡のなかに、見ているものがうまく収まらないから、苦しんでいるとは考えられないでしょうか。
					
					たとえば、車に乗っていて渋滞に巻き込まれたとしたら、「急いでいるのに、時間の無駄だ!」「なんで渋滞なんかするんだ!」などと、ついつい思ってしまいます。
					
					これは、
					「車は、予定した時間で目的地につかなければならない」
					「止まっている時間は、無駄だ」
					という方向に望遠鏡が向いていて、そこに現実がうまく合わないから、イライラしてしまうようですね。
					
					そんなときには、あれこれ悩んで焦点を合わせようとしても、ますます苦しくなるだけです。
					
					それよりも、ちょっと深呼吸して、その望遠鏡から眼を離してみてはいかがでしょうか。
					そして、心に余裕を持って、少しだけ望遠鏡をずらしてみるのです。
					
					すると、
					「これは考え事をするには、いいチャンスだ」
					「背伸びをして、ちょっと身体をリラックスさせるのにちょうどいいな」
					と、また違った考えも生まれきます。
					
					今までどうしようもないと思っていた問題も、苦手で顔を見るのもイヤだと避けていた人も、ちゃんと焦点を合わせて受け容れてみれば、意外といい解決法が見えてくるかも知れませんよ。
					
					あなたが乗り越えられない問題は、あなたの前には現れないものなのです。
					
					辛いこと、苦しいことに出会ったら、悩んでいるより、とにかく深呼吸してそこから目を離してみましょう。
					すると、視野がひらけて、今まで見えなかったことも見えてきたりするものです。
					
					大きく世界を見ると、もっといろいろなものも見えてきます。
					私たちが見ようと思うほど、受け容れようと思うほど、世界は拡がって多くのものが与えられるようです。
					 
					 ...夜空の星は、月だけでなくて、数え切れないくらいあるのですから。
					
					  
					